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2020.07.23 水や空気が混ざった世界を「見える化」する
工学部動力機械工学科 高橋 俊 准教授

研究紹介

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2020.07.23

水や空気が混ざった世界を「見える化」する
工学部動力機械工学科 高橋 俊 准教授

私たちの身の回りには、粘り具合の違うさまざまな流体や固体が混ざり合って存在している。例えばドレッシングには、水と油が混ざっているし、ケチャップもトマトや水が混ざってできている。血液も血しょうの中に赤血球や白血球が混ざった混合物だ。気体・液体・固体のうち複数の状態の物質が混ざった状態で流れていることを「混相流」というが、その流れをシミュレーションすることはとても難しい。動力機械工学科の高橋俊准教授は、さまざまな方程式を使ってその難問に挑み、世界でも稀な自動車のエンジン内部で起きるエンジンオイルの流れの高精度なシミュレーションを成功させた。

ガスとオイルの流れを可視化する

自動車のエンジンは、内部の燃焼室で燃料が爆発し、そのエネルギーでピストンが上下することで動力を生んでいる。ピストンの周りには、動きを円滑にし、燃料が余計な部分に入らないようにするためのリングが3つ装着されている。リング周りには動きを滑らかにするためのオイルが流れているのだが、上下動に伴ってオイルが燃焼室に流れ込んでしまい、エンジン性能を低下させる原因にもなっていた。各メーカーでは、何とかその原因を探ろうと研究を重ねてきたが、ピストンリングの周りでオイルやガスがどのように流れているのかを見ることができず、頭を抱えていた。高橋准教授はその現象を高精度でシミュレーションして見せたのだ。

「流体の方程式として知られているNavier-Stokes(ナビエストークス)をベースに、シミュレーションのプログラムを1からつくりました。それを研究室の川本裕樹君(大学院総合理工学研究科博士課程3年次生)が発展させて、シミュレーションに成功したのです。以前は学外のスーパーコンピューターで計算する必要がありましたが、改良を重ねた結果、今では大学にある大型コンピューターでも計算できるようになっています。シミュレーションを重ねることで精度も上がっています」と高橋准教授は語る。

「ピストンリングは日本企業が多くの特許を持っており、世界の自動車産業で大半のシェアを占める製品。そこで研究室の解析が役に立てたのはとてもうれしい」と語る。研究室では機械工学科の畔津昭彦教授や落合成行教授、建築学科の山本憲司教授とともにエンジン内部で起きている現象を可視化する技術の研究に取り組んでおり、今年で5年目。解析データは、共同研究を行っている機械工学科の畔津昭彦教授が開発したエンジン内部のオイルの挙動を可視化する技術を使って計測した実データとも比較しながら、さらに精度を高めるべく改良を進めている。昨年度からは、自動車メーカー9社による産学連携研究支援団体「AICE」の支援を受けており、海外の研究機関との共同研究も進んでいる。

エンジン内部のオイルの様子を可視化するこの技術。改良を続ける中で、他の分野にも応用できるようになってきた。

腎臓結石や食品充填など身近な暮らしの中で混相流解析が必要とされている

エンジン内部のオイルの流れを可視化すべく研究を進めてきた「混相流解析」。その技術が今、医療や食品開発の分野でも注目されている。

その一つが、腎臓結石が流出するメカニズムの分析だ。ある日、機械工学科の木村啓志准教授を通じて泌尿器科の医師から相談を受けたのがきっかけだった。「腎臓結石は大きくなると尿管につまり激痛を伴う辛い病気です。レーザーなどで小さく砕いた後、水をたくさん飲んで排石を加速させるよう薦めていたそうなんですが、どれくらい水を飲めば効果的に排石できるかを患者にアドバイスできないかと相談されたのです。ここから尿と石の混相流解析が始まりました」

腎臓の形、石の位置や大きさ、姿勢などを変えて、流体の流れを計算。結石の落ち方をシミュレーションした。「以前にも、フロリダのジェットコースターに乗れば、腎臓結石が排石される割合が上がるという研究でイグノーベル賞を取った人がいました。私たちはそれを混相流解析で分析し、効果的に排出できる条件を割り出しているところです」

この技術をもとに、食品分野への応用も進めている。酒や醤油のように力を加えても粘度が替わらない流体を容器詰めるのは簡単だが、ケチャップのように力を加えることで粘度が変わる(こうした性質を「非ニュートン性」という)流体は容器に詰める時の圧力の掛け方が難しい。玉ねぎや大根おろしなどが混じったペーストやドレッシングとなるとさらにハードルが高くなる。

「メーカーからの依頼は、液体にできるだけ大きい野菜を混ぜたいというものでした。各メーカーでは、容器詰職人のようなベテランがさまざまな商品の容器詰条件を決めていたそうなのですが、高齢化が進んで人材の確保も難しくなっていることも背景にあります。職人の勘と経験に頼るのでなく、混相流解析技術を活用して、最適な条件を決められるようにしたいというのです」

もともと角張っていたり、サイズの大きい野菜は容器に入りにくい。また、種類によって硬さの違う野菜で計算しようとすると膨大な計算が必要になってしまいます。そこで高橋准教授はまず簡単な球体の1種類の野菜からスタート。うまく充填できる形や配合率、容器に詰める時に掛ける圧力をシミュレーションしているところだ。

研究室ではそのほかにも、機械工学科の砂見雄太准教授と共同で溶けた金属の流れの解析を進めているほか、航空宇宙学科の福田紘大准教授とジェット噴射時の気体の解析を研究。金属の燃焼効率や血液の血小板の流れ、農産物に被害をもたらす台風時の風の流れなども含めて、15のテーマを手掛けている。「世の中には、『気体だけ』『固体だけ』など単一の状態で存在するものはほとんどありません。言い換えれば、私たちの身の回りにあるほとんどの現象は混相流解析の対象となります。これからも、混相流解析の可能性を広げていきたい」

今、世の中はAI流行り、AIだと何でもできそうな勢いだ。「そこで、AIは本当に何でもできるのか?というところをチェックしています」。すでにAIのベースとなる強化学習や深層学習、ニューラルネットワーク学習の3種類について分析を始めている。それがどう混相流解析と関わってくるのだろうか?

 

「先ほどの液状食品のように野菜の大きさや配合率を従来の手法で解明できなかった時に、AI学習システムを使えないかと考えています。さまざまな条件のデータを事前に覚えさせておき、複雑な計算を簡素化するツールとして使えないかと思っています。まだ完全に応用しきれていませんが可能性は感じています」と笑顔で語ってくれた。

ハードルが高い混相流解析の解析モデルで、ものづくりをサポート  川本裕樹さん(大学院総合理工学研究科博士課程3年)

もともと車が好きだった川本さん。なかでもレーシングカーやレースが好きで、車体まわりの空気の流れや空気抵抗に興味を持ち、動力機械工学科に入学したという。

「エンジンオイルの研究に出会ったのは研究室に入って2年目のときです。ピストンリングの隙間に生じるオイルの流れを見たいと先生に相談されたんです。Navier-Stokes(ナビエストークス)方程式を使って先生が作ったベースプログラムを渡されたのです。でも先生も『研究としてはとても難しい。無理かもしれない』と言われていました。でも僕自身このテーマに興味があったし、難しいほどにやりがいもあると感じ、研究を続行したんです。Navier-Stokes(ナビエストークス)方程式に慣れるだけで、2カ月くらいかかる難物でした」と率直に語る川本さん。

実はこの方程式は、あまりにも難解で正確な解は見つかっていない。だが、シミュレーションプログラムで近似的に計算することはできるため、世界中で利用法が研究されているという。一度は混相流解析の市販ソフトも試してみたが、カスタマイズできないという課題があり、やはり自分でプログラムを作るしかなかったと振り返る。

高橋先生から渡されたプログラムと格闘すること5年。適切なアルゴリズムは何かを探るため、ありとあらゆる方法を試し、オイルの流れ(図参照)がある程度のところまで到達。解析データの信頼性も高まり、医学や食品加工(図参照)など他の研究にも応用できるようになったという。

「研究室ではさまざまな対象に携わることができます。食品のような一見すると流体力学とは関係ないと思うような分野ともつながるのが面白い。世の中のあらゆる現象には裏付けがあり、ものをつくるときには、そのポイントを抑えることが大事だと考えています。これからはもっと複雑な対象を扱うことも出てくると思うので、解析の興味はつきません。混相流解析を活用できない企業がまだ多いなか、自分がつくったプログラムが製品開発に生かせることにやりがいを感じています。これからも解析モデルを高度化させて様々な分野に貢献したい」

 

動力機械工学科:高橋 俊 准教授
【Profile】
たかはし・しゅん
2009年 東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻博士後期課程修了。同年 東京農工大学工学部機械システム工学科助教。2013年 東海大学工学部動力機械工学科講師。2015年より現職

 

 

 

 

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