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2022.03.30 材料力学を医療分野で生かす
工学部医工学科 菊川久夫先生

研究紹介

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2022.03.30

材料力学を医療分野で生かす
工学部医工学科 菊川久夫先生

物体を曲げたり引っ張ったりすると、内部に応力(=ストレス)という力が発生します。新しい材料や製品を開発するときには、材料力学の技術を使ってその素材の応力を推定し、目的にあった強さやしなやかさがあるかを分析することが欠かせません。いわばモノづくりの根幹を支える分野の一つ。その方法を医療分野に応用し、骨や人工関節、靱帯の特性を調べる新たな分野を切り開いている医工学科の菊川久夫先生にお話を伺いました。

材料力学は、さまざまなモノを引っ張ったり、曲げたり、時には大きな圧力をかけたりして素材に発生する応力を調べる分野。菊川先生は30年ほど前からこの分野を研究してきました。

「一言でいえば「破壊」への挑戦です。人間も物体もストレスが大きすぎると壊れてしまいますよね。しかもその大きさはモノや人によって変わります。大学院を修了した研究生の時に、医学部の整形外科から『材料力学の観点から骨を研究し、手術や治療方法の検証などに役立てたい』と声をかけられたのがきっかけで、工学を医療に応用する研究を始めました」

たとえば、ひざ関節。歩くだけで膝には体重の4倍くらいの力がかかるといわれています。骨の持つ強さや筋肉のしなやかさによって普通に生活する限りこれらは壊れることはありません。しかし年を重ねたり、病気にかかると、骨がしなやかさを失ってもろくなり、関節の軟骨はすり減ってしまうことがあります。その治療に使われるのが人工関節。骨や軟骨の代わりになる金属や超高分子量ポリエチレンで構成されており、菊川先生はその特性を調べる研究を手掛けています。

「人工関節を体内に埋め込む前には、ガンマ線を照射してポリエチレンを強くしたり、医療機器なので滅菌処理したりといった事前処理を施します。人工関節にはメーカによってデザインが異なり、自動車と同じくらい種類があるのですが、機種によって照射するガンマ線の照射条件は異なり、どのくらいの強さで、どのくらいの時間照射すれば、どの程度強度が増すのかあまりよくわかっていません。ガンマ線の照射の強さと素材の強さの関係を調べたところ、ただ強いガンマ線を照射すれば、ポリエチレンが強くなるという単純な関係にない場合もあるということがわかってきたのです」

人工関節は体内で長く使用されるともろくなり劣化することがあります。長い時間埋め込まれると素材の化学構造にどのような変化が生じるのかについても調べる必要もあります。そのため、分析すべきことはまだまだたくさんあるのです。

「引っ張ったり、ねじったりしてものが壊れるまでの応力や変形の具合を調べる。やっていることはとても単純なことです。破壊現象を注意深く観察して、有効な材料の強化条件を見つけて、強くてしなやかな素材をつくりたい。その思いで研究を続けています」

簡単な検査で靱帯の状態を調べる

菊川先生は、材料工学の分析技術で新たな技術や素材の研究にも力を入れています。その一つが、医療現場で使われる超音波画像診断装置(エコー)で靱帯の強度と変形を計測する技術の開発です。

「靱帯の強度や靭帯損傷については分かっていないことが多いのです。例えば、アスリートが靭帯を損傷したときに、靭帯再建の手術の方法にはいくつかありますが、手術で関節の運動能力を回復させるためには、再建靭帯の強度と変形をどのようにすればよいか。そもそも、正常な靭帯は日常生活ではどのくらい伸び縮みしているものなのか。それを簡単かつ正確に計測できる方法がないかと思い、この研究を始めました」

人の関節に行ったこれまでの研究で、エコーで撮影した画像をもとにひじやひざなどの関節の靱帯の伸縮や機械的特性を計測することが可能になりました。

「今後さらに多くのデータを集めて測定方法を確立することで、手術をする際にどのくらいの強度まで再建靱帯を戻せばいいのか、リハビリ開始時期はいつごろが適切かなど、医師の客観的な診断の助けとなればよいと期待しています」

気軽に使える模擬血液も研究

もう一つ研究室で取り組んでいるのが、模擬血液の研究です。模擬血液とは、血液と同じような粘り気を持つ物質で、人工心肺や医療で使用されるポンプなどの機器の開発などで使われています。すでに市販品もあるのですが、きわめて高価なのが難点でした。

「本来なら、臨床工学技士を目指す学生たちが人工心肺装置などの使い方を学ぶ実習でも模擬血液を使えればより実践的な力がつくし、医療機器の開発現場でもより広く使えた方が都合がよい。そこで、安価でどこでも手に入る材料を使って模擬血液を作る研究に着手しました。すでにちょうどよい材料がわかっており、今後は同じ学科の臨床工学研究室の学生や先生とも協力して、より実際の血液に近いものにしていきたいと考えています」

「材料力学から少し横道にそれて臨床工学に足を踏み入れた感があります」と語る菊川先生。「研究が人の役に立つのはうれしいこと。あまり自分の専門にとらわれず、臨床工学に寄与できる研究をこれからも続けたい」

【Profile】医工学科・菊川久夫 教授
きくがわ・ひさお 1967年、静岡県生まれ。東海大学第二工学部卒業後、東海大学大学院工学研究科修了。東海大学医学部助手、東海大学情報デザイン工学部准教授などを経て2010年から現職。博士(工学)。専門は、生体機械工学、医用材料工学など
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